ラブの写真館

ポーリッシュ・ローランド・シープドッグのラブ ポーリッシュ・ローランド・シープドッグのラブ ポーリッシュ・ローランド・シープドッグのラブ ポーリッシュ・ローランド・シープドッグのラブ
2006年11月6日 2006年11月6日 2006年12月29日 2006年11月23日

ラブの自己紹介です。

ラブに関しては、病状の説明が必要ですね。
介護日記にも書きましたが、あまりにも長いので、
簡単に説明しますね。

ラブの場合、肝臓の数値が悪く、腹部が腫れていました。

血液検査の結果が出る前は、子宮蓄膿症が疑われました。
しかし、2日後、血液検査結果をみて、肝臓の数値が想像以上に悪く、
お腹が腫れたのが、病院に行った前日だということを考慮し、
肝臓病が先だったのではないかという診断になりました。

その後、10日ほど肝臓の薬を処方され、飲ませましたが、
病状は悪化してしまいました。

その間に、同じ獣医さんのところに、ラブと同じ症状、検査結果の
わんちゃんが、診察に訪れたのです。

同じように様子を見るように薦められたようですが、
肝臓の数値がラブほど悪くなかったことと、
飼い主さんの仕事の都合で、手術日程を早めたそうです。

そして、開いてみて、始めて悪性の腫瘍・癌だということが
わかり、年齢も9歳と高齢であること、手術を続行しても、
手術中に亡くなる可能性が高いこと、また、末期でもあることを
説明したところ、飼い主さんの希望で、麻酔が聞いている間に
安楽死させることになったということでした。

獣医さんがおっしゃるには、滅多にない事例がたまたま
同じ時期に重なったということでした。

そして、手術をする場合、その覚悟も必要になるという説明を
受けたのです。

私は、その時点で手術を諦めました。
そして、10日間薬を飲んだ翌日に、ラブは危篤状態になったのです。

獣医さんは、あまりに苦しむようなら、相談してくださいと
私に告げました。
安楽死。

受け入れることができないまま、私はラブや神様に
ラブに生きていてと願う、叫ぶことしかできませんでした。

危篤状態から数日。
獣医さんも、もはや治療は難しいと判断したラブは、
だんだんと元気になっていきました。
危ない日もあり、階段も上れないほど、弱っていたり
しましたが、それでも、確実に元気になっていきました。

このブログは、ペットロス症候群になりそうだった私の気持ちを
落ち着けるために書き始めましたが、今では、自然療法の日記に
なりつつあります。

1日でも長く、この自然療法日記が続けられるよう、願い続けています。

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ラブとの出会い

ラブとはブリーダーさんのサイトで出会いました

ラブは、ブリーダーのところで、繁殖プログラムから外された犬として繁殖を終えたリタイヤ犬と一緒に生活していました。
2歳なのに、シャイでスタンダードと比べると、小さいからという理由で、リタイヤ犬と同じ扱いを受けていたのです。

リタイヤ犬として、これからの長い人生(犬生?)を生きていくのは、かわいそうに思えたのと、2歳ならまだまだ、長い時間を一緒に過ごせそうと思い、引き取ることに決めました。

遠方だったため、一度も会わずに引き取ることを決めましたが、この出会いに間違いはなかったと、今でも確信しています。


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